シャインマスカット 人目をひく品種名のメリットとデメリット

最終更新日 2024-08-29

シャインマスカットを目にする機会が増えています。旬の時期ともなればスーパーの果実売場で大々的に販売され、シャインマスカット入りのお菓子やスイーツ、ドリンクなど様々な商品が企画販売されています。百貨店では、数万円もする「晴王」ブランドのシャインマスカットが並びます。

「シャインマスカット」と聞くと、ぶどうの品種名の一つとして理解されるだけでなく、様々な商品に利用されて広く話題になることで、ある意味ブランドのような特別さを感じる方も多いのではないでしょうか。

そこで、今回は、「シャインマスカット」を例にとり、親しみやすい名前で「品種登録」をすることのメリットとデメリットを、ブランドを保護する商標登録との違いを絡めて解説します。

この記事の内容

  1. そもそも品種登録とは?
  2. シャインマスカットの品種登録
  3. 品種名と商品名とでは何が違う?
  4. シャインマスカットを品種名とすることのメリット
  5. シャインマスカットを品種名とすることのデメリット
  6. まとめ

1.そもそも品種登録とは?

品種登録とは、一言でいえば、植物の新品種を開発した人(育成者といいます)がそれを国の機関(農林水産省)に登録することです。

登録を受けるためには、新たに開発した植物の写真と共に、品種の名称、その植物の特徴などを書いた出願書類を提出します。植物のタネや苗なども提出し、そのような特徴をもった植物が実際に育つかなどの審査を含み、所定の登録要件を満たすかどうかの審査が行われます。

審査をパスすると新品種として登録されます。品種登録に関するルールは「種苗法」という名前の法律で定められています。

品種登録されると、育成者には、「育成者権」という知的財産権が与えられます。英語では、Plant breeder’s rightと言います。植物のブリーダーに与えられる権利ということです。育成者権の存続期間は、品種登録の日から25年間で、果樹などの樹木は品種登録の日から30年間とされています。

育成者権を取得することで、あなたはその種苗を独占的に「利用」できるようになります。例えば、他人があたなの許諾を受けずにその種苗を販売している場合には、あなたは法的に販売中止を請求することができます。あるいは、その他人に種苗の販売を許可する内容のライセンス契約を交わして、利益を得ることができます。

育成者権はその種苗だけでなく、種苗を用いることによって得られる収穫物、種苗を用いることにより得られる収穫物から直接に生産される加工品にも段階的に及ぶ場合があります。詳しくは、「カスケイドの原則」で検索してください。

但し、ここでいう加工品とは、政令(種苗法施行令の第2条)で指定されているものに限られます。一般的な意味での、ぶどうなどの収穫物が原材料として使われるジャムやドリンクなどの飲食物を指す加工食品とは異なりますので注意してください。

2.シャインマスカットの品種登録

農林水産省の登録品種データベースからの情報によれば、「シャインマスカット」はブドウの登録品種であり、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(茨木県つくば市)が品種登録者、2003年8月11日に品種登録出願された後、2006年3月9日に登録され(登録番号:13891)、育成者権の存続期間は30年となっています。

登録簿には、「登録品種の植物体の特性の概要」として、次のように書かれています。

この品種は、「安芸津21号」に「白南」を交配して育成されたもので、果皮の色が黄緑又は黄白、果粒の形が短楕円で大粒の育成地(広島県豊田郡安芸津町)では8月中旬に成熟する早生種である。樹の広がりは大、樹勢は強である。熟梢の太さは太、色は黄褐、節間横断面の形は円、表面の形状は滑、幼梢先端の色は薄赤、巻きひげの着生は2である。花穂の着生数は中、花性は両性、花粉の多少は多である。成葉葉身の形は五角形、裂片数は5片、葉身横断面の形は樋状、葉縁鋸歯の形は両側直線、葉柄裂刻及び成葉上裂刻の一般的な形は閉じる、深さは浅、成葉の大きさは大、上面の色は緑、葉柄の色は淡紅、成葉の下面葉脈間、下面主脈上及び葉柄の綿毛の密度は密、中肋に対する葉柄の長さの比は短、葉柄の太さは太である。穂梗の太さは太、長さは長、色は淡紅である。果房の形は有岐円筒、大きさは極大、長さは長、着粒の粗密は中、果梗の太さは太、長さは短、色は黄緑である。果粒の形は短楕円、大きさは大、果皮の色は黄緑又は黄白、果粉の多少、果皮の厚さ及び果皮と果肉の分離性は中、果肉の色は不着色、肉質は崩壊性、甘味は高、酸味は少、渋味は無~極少、香気はマスカット、果汁の多少は多、種子の数及び形は中、大きさは大である。発芽期は中、開花期は晩、成熟期は早で育成地においては8月中旬である。果実の着色の難易は着色しない、花振いの多少は中、無核果粒の混入及び裂果の多少は無~極少、果梗の強さは強、果梗と果粒の分離は中である。「白南」と比較して、成葉上裂刻の深さが浅いこと、成熟期が早いこと等で、「ネオマスカット」と比較して、果粒が大きいこと、果肉の肉質が崩壊性であること等で区別性が認められる。

農林水産省 品種登録ホームページ 品種登録データ検索で検索

簡単に言うと、シャインマスカットという品種は、「安芸津21号」に「白南」を交配して育成されたもので、大粒で、肉質は崩壊性(硬めで噛み切りやすい)で、甘く、酸味が少なく、渋味はほぼ無く、独特のマスカット香があり、果汁が多いという特性を持つブドウです。

3.品種名と商品名とでは何が違う?

(1)品種名と商品名の例

品種名とは、花、野菜、果物などの農産物や家畜などについて、一定の特性を共通に持つものの集まりを表す名前です。果物であるブドウでいえば、巨峰、ルビーロマン、甲州、ナイアガラ、デラウェア、ピオーネ、シャインマスカット、ジュエルマスカット、瀬戸ジャイアンツ、オーロラブラック、その他多数の品種名があります。

品種名には、種苗法に基づき品種登録されている登録品種、品種登録を受けていないもの又は過去に品種登録されていたが現在は品種登録の期間が終了している一般品種があります。前出の例の中では、登録品種は「ルビーロマン」、「シャインマスカット」、「ジュエルマスカット」、「瀬戸ジャイアンツ」、「オーロラブラック」です。

一方の商品名とは、生産者が商品を販売するために商品につける名前です。商品の一般的な名称以外の名前であり、商品に独自につけられる名前です。ブランド名や銘柄名も含まれます。

例えば、ブドウの商品名では、「晴王」、「桃太郎ぶどう」、「匠の葡萄」、「クイーンルージュ」などがあります。これらはぶどうの品種名ではなく、特定の商品につけられた商品名です。これらは国際分類第31類の果実(ぶどう)、種子・苗木等を指定商品として商標登録を受けている商品名(ブランド)でもあります。もちろん、商標登録を受けていない商品名もたくさんあります。

(2)品種名と商品名の違い

それでは、品種名と商品名とは実質的にはどのような違いがあるのでしょうか?4つの観点から解説します。

①普通名称と固有名称という違い

品種名は、農産物などの種類を特定するための名称なので、基本的に普通名称となります。ユニークなネーミング(例えば、ブドウの登録品種名である「瀬戸ジャイアンツ」)であっても、所定の特性を有するブドウを表すために使われる名称です。特定の生産者のブドウのみを表すための名称ではありません。品種名から想起されるものは、あらかじめ確立された範囲内の品種の特徴とその品種独特の味覚や食感等です。

商品名は、商品を販売するために他の商品と区別するために使われる名称なので、基本的に固有名称となります。その商品名によって、誰が手掛けた商品であるかがわかります。商品名が継続的に使用されることによって、その品質に満足した購買者はその商品名に信頼感を抱きます。その名前を聞いただけで商品の内容だけでなく、他のものとは異なる品質上の利点や商品に結びつけられた好意的なイメージが想起されるものもあり、購買意欲をかきたてます。

品種名は、登録品種名であっても、品種登録存続期間の経過後も品種名として残り続けるため、いわゆる普通名称化したものとなります。したがって、品種名については、その種苗や収穫物等に関連する商品・役務を指定しては商標登録を受けることはできません。反対に、品種の種苗と類似の商品又は役務に係る登録商標と同一又は類似の名称を品種名として登録することはできません。つまり、同一名称について、品種登録と商標登録の両方を取得することはできません。

有名なイチゴの「あまおう」は、品種登録した品種名には「福岡S6号」というシンプルな名称を使っています。そして商品名には「あまおう/甘王」という愛称を商標登録したものを使っています。ブランド果物やブランド野菜と呼ばれるものには、品種名と商品名(登録商標)をそれぞれ異なる名称で登録する例が多くあります。

②名称を使用する範囲の違い

品種名は、種苗や収穫物等について品種を特定するために使用されます。したがって、品種が異なれば、同じ品種名を使うことはできません。例えば、シャインマスカット品種でないマスカット系統のブドウをシャインマスカットと称して販売等することはできません。また、同じ品種であれば、収穫物の品質・出来栄えにかなりの差があったとしても、同じ品種名で取引されることになります。

商品名は、生産者などが自由に名付けることができるので、異なる品種のものであっても同じ商品名を使用することができます。また、同じ品種であっても、異なる商品名を使用することができます。前者の例としては、商品名として生産者の愛称や農園の名称などを使用する場合です。後者の例としては、同じ品種の商品について、独自にグレードを分けて別の商品名を付けて差別化する場合です。また、同じ商品名をカテゴリーの異なる商品やサービス(例えばぶどうを原料に使った化粧品や、ぶどう狩り園の提供など)についても使用することができます。但し、他人の商標権などに抵触しないことが前提です。

③名称の使用に関する制限や義務の違い

登録された品種名に関しては、種苗の外観からどのような品種であるかを知ることは困難なため、種苗の販売等にあたっては品種名を使用することが義務付けられています。収穫物については、外観からでも品種が判明しやすいため、そのような使用義務は設けられていません。

商品名が商標登録された商標(登録商標)である場合は、日本国内で継続して3年以上、指定商品又は役務について使用されていない場合は、第三者からの請求により商標登録が取り消される場合があります

④登録による名称の保護に関する効果の違い

品種登録を受けたとしても、種苗法上、品種名そのものを他人による模倣から保護するための権利は付与されていません。品種名自体は普通名称になるため、名称についての独占権は与えられません。登録品種が無断で利用(生産、譲渡等)された場合にそのような行為を禁止することができます。

商標登録では、登録を受けた商品又は役務について、登録商標と同一又は紛らわし商標の使用を禁止することができます。

4.「シャインマスカット」を品種名とすることのメリット

上記3でみた品種名と商品名との違いを考慮に入れつつ、「シャインマスカット」を商標登録せずに、品種名として品種登録することのメリットを挙げます。

  • 食品表示上、内容を的確に表現していれば品種名での表示が可能である。親しみやすく、覚えやすい平易な名前であって、瑞々しさ・光沢・新鮮さ・清潔さなどの良いイメージが伝わりやすいため、生産者や消費者に認知されやすい。
  • 消費者受けがよい名称であるため、スイーツや飲み物などの加工食品や関連商品・サービスにも、品種名をそのまま原材料の表示に使って展開しやすい。(例:シャインマスカット入りの大福餅、シャインマスカット果汁使用のゼリー、シャインマスカット収穫体験ツアー等)
  • 品種登録の存続期間経過後も、品種名はパブリックドメイン(公共の財産)の普通名称として、種苗・ぶどうの果実等を指定商品とする商標登録の対象とならず、半永久的に残る。
  • 品種登録をすれば、種苗や果実等について同じ名称で商標登録を受けることができないので、商標登録を取得し維持する手間や費用を省くことができる。

5.「シャインマスカット」を品種名とすることのデメリット

上記3の品種名と商品名との違いを考慮に入れつつ、「シャインマスカット」を商標登録せずに、品種名として品種登録することのデメリットを挙げます。

  • 「シャインマスカット」の名称を、ぶどうの果実や、苗木などの分野において、品種登録をした本人であっても、また品種登録期間が満了した後であっても、商標登録して独占使用することができない、(特許庁での種苗の登録品種の名称に関する取扱いについては商標審査便覧をご参照ください)。その結果、品種開発者がその品種名をブランド化して、半永久的に利益を独占することができない。
  • 親しみやすく平易な名称であり模倣品が出回りやすい。品種登録によっては、紛らわしい名称の使用を中止させる権利までは付与されていないので、商標登録に基づく商標権のような実効性に劣る。海外でも、模倣品(特に名称の模倣)が出回るおそれがある。日本で商標登録できないことから、海外で商標登録を取得しようとする場合は、日本での商標登録(又は出願)が前提となるマドプロ出願を利用することができない。
  • 加工食品の分野や関連製品・サービスの分野では、「シャインマスカット」又はこれに類似する商標で商標登録できる可能性があるので、異なる権利者が商標権を持つ可能性があり、権利関係が複雑になるおそれがある。
  • 「シャインマスカット」品種の収穫物であれば「シャインマスカット」を名乗ることができるので、様々な価格帯、品質、産地のものが市場に出回ることになる。その結果、消費者による認知度は上がる半面、差別化されたブランドとしての価値を確立することが困難になったり、陳腐化して飽きられやすくなるリスクがある。

6.まとめ

シャインマスカットという名称は、とても気の利いた、品のある名称だと思います。品種名称の選定にあたっても、登録商標と同一又は類似のものは選択できないので、事前に十分な商標調査を行った上で選択されたものと思います。ぶどうの新品種開発には10年単位の年数がかかると言われています。品種開発の目的は様々であり、その品種の名称にこめる思いも様々です。品種名と商品名との関係、特に品種をブランド化するためには必須となる商標登録との関係を理解しておくことも、大切な品種を長期にわたって育て上げていく上で重要です。

農産物のブランド化について興味のある方は、【ブログ】農産物のブランド化に最適な商品表示とは|具体例で解説をぜひご参照ください。また、商品のネーミングに関しては、【ブログ】ネーミング案の絞り込み~外国の視点を含む考慮すべき5つのポイントにまとめましたので、是非こちらもご覧ください。