最終更新日 2024-08-25
欧州連合商標(EUTM)に関しては、相対的理由について職権で審査されないことになっています。そのため、類似商標の登録を阻止するためには、先行商標の所有者が異議申立てを行わなければなりません。
EUTMでは5件に1件の割合で異議申立てがなされていると言われています。かなり高い確率です。欧州連合商標出願をすると、異議申立てを受けるリスクは避けられません。
この記事では異議申立の手続きはどのように進められ、どのような点に注意したらよいのかについて解説します。欧州連合商標制度における審査の内容と特徴については、ブログ記事「欧州連合商標制度(EUTM)日本とはこんなに違う!審査の内容と対策」をご参照ください。
目次:
1.欧州連合商標制度における異議申立手続きの概要
商標が公告された後、出願商標が登録されるべきでないと信じる第三者は、公告日から3か月間以内に、欧州連合知的財産庁(EUIPO)に対し、その出願を拒絶させるために異議を申し立てることができます。
マドプロで欧州連合を指定した場合には、異議申立ての期間は、EUIPOによる再公表日の1か月後から4か月後までの3か月間となります。しかし再公表日を特定するのは若干手間がかかります。そこで、EUIPOから送付される「中間ステータス(Interim Status)通知」に異議申立ての期限が明記されているので、それを確認するのが簡単かつ正確です。
第三者が利用できる、EUIPOに対して出願商標の拒絶を求める手続きには、2種類あります。一つは「異議申立て」(opposition)。もう一つは「第三者による所見」(observation)です。EUIPOのホームページのRegistration Processで、「Opposition」のタブをクリックすると基本的な説明が英語で書かれています。
「異議申立て」は、先行権利を有する第三者が、出願商標が登録されれば先行権利に抵触すると信じる場合に採り得る手続きです。「第三者による所見」は、出願商標が識別力を欠き登録されるできではないと考えられる場合に第三者が採りうる手続きです。
どちらもEUIPOに対して第三者が出願商標を拒絶するよう求める手続きですが、「異議申立て」は相対的拒絶理由に基づくもの、「第三者による所見」は絶対的拒絶理由に基づくものという違いがあります。
「異議申立て」は、異議申立人と出願人の双方が主張と証拠を提出した上で、EUIPOが決定を下します。異議の決定に対しては審判を請求することができます。異議申立手続きについては、下記の各項目で詳しく説明します。
異議申立ての具体例が知りたい場合は、EUIPOのホームページの「eSearch Plus」というデータベースにアクセスして、Advanced Searchに進み、「Trade mark status (EUTM)」の項目で「Application opposed」を選択して検索をすると、現在係属中の異議申立ての事例の詳細を知ることができます。既に異議の決定が出されたものを調べたいときは、同じくEUIPOのホームページで「eSearch Case Law」のデータベースにアクセスして、Advanced Searchに進み、「Search Criteria」の下の「opposition decisions」のボックスをチェックして検索すると、異議決定が出された事例の詳細を知ることができます。
「第三者による所見」の場合は、所見を提出する側がその詳細な理由を提出し、EUIPOがそれを考慮します。必要があれば絶対的拒絶理由の審査を再開します。これは日本の「情報提供」の制度と似ています。所見の提出者にはその結果は通知されませんので、自発的にeSearchデータベースを使ってチェックする必要があります。
2.基本的なフローの説明
異議申立ての基本的なフローは次の通りです。
出願公告⇒異議申立書の提出⇒方式審査⇒クーリングオフ期間⇒アドバーサリアル・パートの手続き⇒手続きの終了
クーリングオフ期間とは、両当事者が主張を戦わせるアドバーサリアル・パートが始まるまえに設けられた、当事者間での和解などの解決を探るための交渉期間です。最初に2か月の期間が与えられます。両当事者の合意があれば22か月延長されます。この期間を活用して、アドバーサリアル・パートに入る前に異議申立手続を終了させようとするケースが多いと言われています。
アドバーサリアル・パートとは、「adversarial(敵対する、対立する)という言葉通り、異議申立人と出願人とが、それぞれの主張、証拠をEUIPOに提出し、提出されたものに対して更に意見を述べる段階です。敵対ステージと呼ばれることもあります。このやりとりに基づいてEUIPOが判断を行うことになります。
異議申立ての手続きの終了の仕方には次のようなものがあります。
- クーリングオフ期間に和解が成立して、異議申立てが取り下げられるか又は両当事者がEUIPOに異議申立手続の終結を求める文書を提出することより終結する。
- 手続きの途中で出願自体が取り下げられる。
- アドバーサリアル・パートの手続きを経て、EUIPOが異議の決定(異議申立ての拒絶、異議申立ての認容又は一部認容、出願の拒絶又は一部拒絶など)を出す。
3.特徴的な手続きについて
(1)クーリングオフ
異議申立手続きの間に、当事者間による交渉が手続上確保されているというところは、他の国の制度ではなかなか見られないと思います。
クーリングオフ期間は最初の2か月間に相手方とコンタクトをとり交渉を開始することが必要です。期間の延長が認められるためには、両当事者が合意した上で、期間の延長を請求しなければなりません。
期間を延長するか否かを巡って駆け引きも行われます。2か月の期限ギリギリに異議申立人にコンタクトをとると足元を見られかねませんので、交渉するつもりがあるのであれば、できるだけ早期にコンタクトをとるべきでしょう。
通常は代理人を対して相手方にコンタクトをとることになります。2か月という期間は代理人を介したやりとりでは往復できる回数も限られますので、対応方針を早期にまとめ、代理人に伝える必要があります。
和解のための交渉では、出願人の立場としては、異議申立人のメリットとなるような和解案を示すことが考えられます。例えば、異議申立人の業務とは重ならないように指定商品・サービスの範囲を限定する用意があることや、欧州地域以外での登録商標を所有する場合には、異議申立人の他国での登録取得のために協力する用意があることなどです。
その他、異議申立ての根拠とされた異議申立人所有の先行商標に対して取消又は無効の理由がある場合には、そのことをチラつかせて交渉を行うことも考えられます。
したがって、2か月という短い期間内に、異議申立人の事業内容や全所有商標を調査するなど、やるべきことはたくさんあります。
交渉がうまくいけば、契約書(覚書き)を交わし、必要な手続き(指定商品・サービスの減縮など)を行い、異議申立てを終結させます。
交渉がうまくいかない場合は、クーリングオフ期間が延長された場合でも、いずれかの当事者が書面でEUIPOに通知することでクーリングオフ期間を終了させることができ、引き続き、アドバーサリアル・パートに入ります。
(2)使用証拠の提出要求
もう一つ特徴的な手続きとして、出願人から異議申立人に対して行う使用証拠の提出要求があります。異議申立人が異議申立ての根拠としている商標(欧州連合商標、国内商標、マドプロ経由の欧州連合商標又は国内商標)が登録日から5年を経過している場合には、その商標が欧州連合域内で使用されていることを示す証拠を提出するよう要求することができます。
有効な使用証拠が提出されなかった場合には異議申立てが拒絶されます。一方、有効な使用証拠が一部の商品・サービスについてしか提出されなければ、使用証拠が提出された商品・サービスの範囲に異議申立ての範囲が減縮されます。その減縮された範囲内で、混同のおそれの有無等が判断されます。このように、使用証拠の提出要求は、出願人にとって、重要な防御手段となる場合があります。
使用証拠の提出要求の基本的な流れは次の通りです。
- 使用証拠の提出要求は、通常は、アドバーサリアル・パートに入ってから、異議申立人が提出・補充した主張及び証拠に対して出願人が意見を述べる期間内に行うことができる
- 使用証拠の提出要求を受けた異議申立人は、2か月間の期間内に使用証拠を提出しなければならない。その期間は延長可能。
- 使用証拠が期間内に提出されなかった場合は、異議申立ては自動的に拒絶される。ただし、使用証拠提出要求の対象となった商標の他に異議申立ての根拠とされる商標があれば、それに基づいて異議申立の審理は進行する。
使用証拠が期間内に提出された場合には、出願人は証拠の有効性について争うための意見を述べる機会が与えられる。その後の異議申立手続きでは、有効な使用証拠であるとEUIPOが認定した範囲を基準として、出願商標と混同のおそれがあるかどうかが審査される。
(3)出願変更(conversion)
出願変更とは、欧州連合商標又は欧州連合商標登録を、その出願日を維持したまま欧州連合域内の国内出願に変更することです。次のような場合に救済措置として使われます。
例えば、異議申立てがある1つの国(例えばドイツ)の先行国内商標登録を根拠としてなされて異議申立てが認容された場合を考えてみます。
その場合には、欧州連合商標出願は全体が拒絶されるのですが、その拒絶が確定した日から3か月以内に、ドイツ以外の国の国内出願に変更出願することができます。但し、変更された国内出願は、その国での通常の商標登録出願と同様の手続きを経て登録の可否が決まります。
異議申立ての根拠が一部の先行国内登録のみというケースは、それほど多くないかもしれませんが、該当する場合には検討してもよいと思います。
4.異議申立てへの心構え
(1)出願人として(異議申立てを受ける側)
異議申立てを受ける可能性があることが出願前の調査でわかっていれば、クーリングオフ期間内の対応を迅速に行うことができます。出願前調査は行っておくべきです。
異議申立てがなされた場合には、異議申立人の事業内容、事業規模、全世界で所有する商標のリストの他、自社ブランド保護に対する取り組み姿勢などについても幅広く調べておくと、異議申立てへの対応方針が決めやすくなります。
異議申立人に対する使用証拠の提出要求は、EUIPOからは教示されたり促されたりすることはないので、異議申立手続きにおいてその要求が使えるかどうか、使うタイミングなどについて、欧州の代理人と打ち合わせておきましょう。
クーリングオフ期間での交渉内容について、欧州の代理人に重要な情報を漏れなく伝えるよう、十分に意思疎通が図ることができ、有効な提案をしてもらえる代理人を選任することも重要なポイントです。
(2)異議申立人として(かける側)
異議申立ての期間は決められているので、その期間内に行うことができるように、平時から商標ウォッチングを行うことが肝心です。特に欧州では、相対的拒絶理由の審査無しで登録されるため、商標ウォッチングは欠かせません。
異議申立ての根拠とする先行商標について、登録後5年を経過しているかどうかを確認しておきます。登録後5年を経過している場合には、欧州連合域内で適切に使用されているかどうかを確認しておきましょう。登録後5年を経過していて未使用の場合は、それを根拠にして異議申立てを行っても、出願人から使用証拠の提出要求がなされれば異議が拒絶されてしまいます。
出願商標と所有する先行商標が類似するかどうかの判断も重要です。異議申立てをかけたところで、反対に自社の商標が攻撃されるような事由がないかどうか、総合的な調査・確認も必要です。
異議申立てを行う場合には、最終的などのような結果を勝ち取りたいのか、交渉に入った場合どこまでなら許容できるのかを事前に十分検討して明確にしておくべきです。欧州の代理人が十分に理解できるように、こちらの事業内容、関連する商品・サービスの詳細、異議申立手続きにおける方針等を説明することが重要です。
5.むすび
欧州連合商標出願を行うにあたっては、異議申立てのリスクはつきものです。異議申立てがかけられれた時に慌てないように、手続きの流れや特徴をよく理解して備えておくことが大切です。欧州連合で商標を無事登録できた後は、自社商標に類似する出願が第三者からなされれば異議を申し立てるなどの対応も必要です。どちらの場合でも、どのような商標を、どの商品・サービスについて、どの地域で、どのように使用していくのかという方針に基づいて、欧州連合域内で障害となる商標は存在しないかどうかを継続的にチェックする体制づくりが重要です。
当事務所では、外国商標に関する様々なお困り事に対するサポートを行っています。欧州連合商標出願をしたところ異議申立てがなされてしまった、どのように対応すべきかわからない、現地代理人への指示の仕方がわからない、など欧州連合商標についてお困り事がありましたら、お気軽に当事務所にご相談ください。ご相談はこちらのお問い合わせフォームから、お待ちしております。