最終更新日 2024-08-25
ヨーロッパで商標登録を取得することを考える際には、欧州連合商標(EUTM)が重要な選択肢の1つとなります。これは欧州連合(EU)全域で有効となる商標を登録する制度です。
欧州連合商標制度には、相対的拒絶理由については審査されないとか、欧州連合加盟27か国のどこか1か国で拒絶の理由があれば欧州連合商標の登録は取得できない(欧州連合商標の単一性)など、具体的にイメージしにくいところがいくつかあります。
そこで今回は、欧州連合商標制度の「審査」に焦点をあてて、すっきりイメージできるように解説します。
記事の内容は次の通りです。
1.欧州連合商標制度の簡単な紹介
欧州連合商標(EUTM)とは、欧州連合知的財産庁(EUIPO)(スペインのアリカンテに所在)に出願中の又は登録された商標をいいます。登録されれば、欧州連合(EU)全域で有効となります。フランスやドイツなどの欧州連合加盟国の商標局に対して各国別に出願をして登録された国内商標(national mark)とは区別されます。
欧州連合の加盟国は、イギリスが脱退したので、現在27か国です。今後加盟国が増えれば、あらためて追加の商標出願をする必要はなく、既存の欧州商標出願又は登録の効力は自動的に新たに加盟した国にも及びます。商標登録の存続期間は出願日から10年間であり、更新可能です。
欧州連合商標は、一つの商標が欧州連合全域で有効なものとなり(単一性、Unitary character)、一部の加盟国では効力を有しないという状況は生じません。一部の加盟国において拒絶される理由に該当すれば欧州連合商標の出願全体として拒絶されます。
例えば、下記2(2)-2の例のように、ある欧州連合商標出願の出願商標が欧州連合の公用語の一つであるルーマニア語では識別力を欠く意味を有する場合は、ルーマニア語を公用語とする国では絶対的拒絶理由に該当します。しかし、それ以外の国では絶対的拒絶理由に該当していなくても、欧州連合商標出願全体が拒絶されることになるのです。この場合は、所定の期間内であれば、ルーマニア語を公用語とする国以外の加盟国の国内出願に変更出願を行うことが認められています。変更出願(conversion)については、ブログ記事「欧州連合商標制度(EUTM)ここがユニーク!異議申立ての手続き」を参照してください。
また、あなたの欧州連合商標登録に類似する他人の商標があるとします。そして、その他人の商標が、欧州連合加盟国のいずれかにおいて、あなたの欧州連合商標登録の出願日よりも先に出願されてい登録されているとします。その場合において、その他人から自己が所有する国内商標登録に基づき、あなたの欧州連合商標登録について無効の請求がなされれば、その他人の国内商標登録が存在する国についてだけ無効となるのではなく、欧州連合商標の登録が全体として無効とされます。この場合でも、所定の期間内であれば、その先行国内商標登録が存在しない、加盟国の国内出願に変更出願を行うことが認められています。
不使用による登録の取消しに関しては、加盟国すべてで登録商標が使用されていることまでは要求されません。通常、いずれか数か国程度の加盟国で使用している証拠を提出できれば取消しを免れることができます。どこか一つの加盟国において登録後5年間継続して不使用であったとしても、それのみを理由として取り消されることはありません。尚、不使用取消が成立した場合には、欧州連合商標登録を国内出願に変更出願することは認められていません。
欧州連合商標の出願から登録までの基本的な流れは、「出願⇒審査⇒公告(異議申立期間3か月)⇒登録」となります。EUIPOのホームページ上で、「Registration process」という項目でわかりやすくまとめられています。
2.審査の内容について
(1)絶対的拒絶理由と相対的拒絶理由とは
絶対的拒絶理由とは、本来的に登録することができない又は登録が相応しくない商標の類型を法律や規則によって定めておき、それに該当する場合は登録されないというものです。識別力を欠く商標、記述的な商標、公序良俗に反する商標、商品又はサービスの品質や原産地などについて欺瞞を生じさせる商標など、登録のための適格性を欠く商標を排除するための拒絶理由です。
相対的拒絶理由とは、出願商標よりも先行する商標等との比較において、混同の恐れがある場合には登録されないというものです。つまり、類似商標が既に存在する場合には、それと混同を生じるおそれがあれば、後から出願した商標は登録されないというものです。
日本では、特許庁の審査では、絶対的拒絶理由と相対的拒絶理由の両方が審査されます。欧州連合商標については、通常の審査においては絶対的拒絶理由のみが審査されます。相対的拒絶理由については、先行商標の所有者から異議申立てがあった場合にのみ審査されることになります。
つまり、欧州連合商標出願は、先行商標の所有者からの異議申立てがなされなければ、たとえ類似する商標が存在していたとしても、絶対的拒絶理由に該当しなければ登録されてしまうのです。
(2)絶対的拒絶理由が審査対象となる
欧州連合商標出願が受理されると、実体審査に入ります。審査の内容は、方式的なこと、商品又はサービスの分類に関することに加えて、絶対的拒絶理由に関する審査が行われます。
絶対的拒絶理由に該当するかどうかは、EUの公用語(23か国語)のいずれかによって、又はEUの加盟国にいずれかにおいて、出願しようとする商標が記述的な意味を持っていないか、その他識別力を欠くかどうかが審査されます。
絶対的拒絶理由に該当するとして拒絶された最近の例を、欧州連合知的財産庁のホームページ内にある「eSearch Case Law」のデータベースを使って検索したものから5件簡潔に紹介します。詳細が知りたい方は、このデータベースで商標名から検索してください。ユーザー登録をすれば、審査の決定をダウンロードすることができます。
- 第14類の「宝飾品」及び第18類の「カバン類」他を指定する商標「CHANMÉ」(フランス語の俗語で、素晴らしい、凄いを意味する。)が、指定商品が素晴らしいものであるという称賛的な情報を与えるものにすぎないため、識別力を欠くとして拒絶された。
- 第29類、30類、35類、41類の商品及びサービスを指定する商標「Fa bine. Binele revine」が、ルーマニア語を話す関連消費者は「上手くやれば、結果はついてくる」という意味を認識し、単なる賛美的なスローガンとして把握されるものであるから識別力を欠くとして拒絶された。
- 第35類の「マーケティング及び広告サービス」他を指定する商標「FUTURE OF INDUSTRIES」が、指定サービスの内容や目的等を記述するものであるため識別力を欠くとして拒絶された。
- 第25類の「アウトドア及びスポーツ用被服」他を指定する商標「STICKY DOWN」が、指定商品のタイプや品質を記述するものであるため識別力を欠くとして拒絶された。
- 第1類、2類、17類の商品を指定する商標「MAKE THINGS BETTER」が、賛美的なスローガンとして公衆に認識されるものであり、指定商品の品質に関する顧客向けステートメントを伝達する機能を有するのみであるため、顕著な特徴を欠くものとして拒絶された。
3.拒絶理由通知を受け取った場合の対応について
拒絶理由通知を受けたら、不備を解消するため又は意見を述べるために2か月間の期間が与えられます。これに対しては2か月間の期間延長を請求することができます。
絶対的拒絶理由に該当するという拒絶理由を受け取った場合の対応方法には通常、次のような方法があります。拒絶理由通知には、出願商標がなぜ識別力を欠くと判断されるかについての理由が詳細に述べられている場合が多く、拒絶理由を克服するのが困難に感じるケースも多いと思います。
拒絶理由への対応方法の例:
- 反論せずに放置する。(反論をあきらめて、拒絶理由に承服する。)
- 意見書を提出し反論する。
- 指定商品・サービスを限定する。
- 使用による識別力を獲得したことを証明する。
拒絶理由が解消された場合には、出願が公告されます。公告日から3か月間は異議申立期間となります。
拒絶理由が解消されなかった場合には、拒絶の決定の通知が送付されます。通知の日から2か月以内に審判を請求することができます。審判請求をしない場合は拒絶が確定します。一定の条件を満たす場合には、拒絶決定通知の日から3か月以内に、拒絶理由の存在しない国の国内出願に変更出願を行うことができます。
4.審査の特徴を理解した上での出願の準備方法と登録後のフォローアップ
欧州連合商標制度は審査に関して上記のような特徴があるため、出願の準備及び登録後にも、次の点に注意する必要があります。
(1)出願前の調査を入念に行う(絶対的理由、相対的理由)
絶対的理由に関しては、EUの公用語(23か国語)のいずれかによって、出願しようとする商標が記述的な意味を持っていないか、その他識別力を欠くと判断される恐れはないか、まで調べておく必要があるでしょう。欧州商標の商標調査を専門に手掛けている調査会社を利用すればそのような調査にも対応しています。
相対的理由に関しては、将来問題となる商標が存在していないかを、出願前商標調査により、事前に知ることができます。調査結果によっては、出願時に指定する商品又はサービスを限定するなどして、回避又は併存する方法を検討することや、欧州連合全域をカバーする欧州連合商標をあきらめ、問題となる商標が存在していない国に個別に商標出願を行うなど、様々な対策を検討できます。
(2)指定商品・サービスの記載が適切かを確認しておく
欧州連合商標でも、指定商品・サービスの記載が不明確であるとして拒絶されることがあります。問題となりそうな商品・サービス記載は、商標ガイドラインのアネックスに例示されており、どのように記載すれば受け入れ可能かなどの解説がありますので、出願前のチェックに使えます。また、EUIPOのホームページにあるGoods and services builderも便利です。
(3)登録後も商標ウォッチングが必要
欧州連合商標の審査のみならず、欧州の国々の多くの各国商標局でも、審査において、相対的拒絶理由は審査されません。そのため、登録を取得したとしても、日本のように、他人によって類似商標が後から出願されれば、審査で拒絶してもらえるというわけにはいきません。
類似商標が登録されないようにするためには、自ら類似商標を監視して、必要に応じて異議申立ての手続きをとっていかなければなりません。無料の商標データベースを活用して定期的に調査をするか、調査会社に商標ウォッチングを依頼するなどして対応します。
5.むすび
欧州連合商標の特徴として、相対的拒絶理由は異議申立てがなされなければ審査しないこと、絶対的拒絶理由の内容、そして、欧州連合商標の単一性というポイントを中心に説明しました。絶対的拒絶理由である識別力を欠くという理由で拒絶されるケースも少なくないので、相対的拒絶理由の審査がないからといって、必ずしもスムーズに登録できるわけではありません。識別力の有無については欧州連合の公用語23カ国語での意味に基づき判断される点、指定商品・サービスの記載についての審査は必ずしも緩いとは言えない点にも注意が必要です。
当事務所では、外国商標に関する様々なお困り事に対するサポートを行っています。欧州連合商標出願を使うべきか迷っている、欧州連合商標の調査はどうすればよいかわからない、現地代理人への指示の仕方がわからない、など欧州連合商標についてお困り事がありましたら、お気軽に当事務所にご相談ください。ご相談はこちらのお問い合わせフォームから、お待ちしております。