最終更新日 2023-06-23
地理的表示とは何でしょう?時々ニュースなどで聞いたりするけれど、実際に目にする機会が少ないのでよくわからない、という方も多いと思います。とりあえず大体わかればよいという方のために、一度は聞いた事があるはずの地理的表示の例を示しながら解説します。
1.神戸ビーフ
最初の例は、「神戸ビーフ」です。高級和牛として誰もが聞いたことがある牛肉の名前ですね。この名前は、その言葉の意味からただ単に「兵庫県神戸市産の牛肉」であることを伝えているのではありません。「神戸ビーフ」を名乗ることができる牛肉は、特定の産地(兵庫県内)で生産されたものに限定されていて、種牛の種類や肉質の他、幾つもの厳しい品質基準をクリアした最高品質の牛肉に限られています。
そもそも「神戸ビーフ」という名前は、「神戸肉」「神戸牛」などとともに、兵庫県食肉事業協同組合連合会を商標権者として、商標登録(地域団体商標)されています。だから同組合連合会に許可なく「神戸ビーフ」を牛肉に使用することはできないようになっています。
それじゃあ地理的表示とは何なのか?という疑問がわいてきそうです。ここで地理的表示の定義を示します。地理的表示の定義は様々ありますが、それらを参考にして定義してみます。
商品の目印となる表示であり、それによって産地を特定することができ、併せてその産地と結びついた特有の品質や高い評価などの特性を備えた商品であることが特定できる表示を「地理的表示」と呼びます。「Geographical Indications」の訳語であり、短縮して「GI」とも呼ばれます。
そういう性質をもった商品表示なら何でも地理的表示と呼べるのか?と言われればそうではありません。国などの機関によって地理的表示と認定されたものに限られます。
「神戸ビーフ」は、特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(地理的表示法)に基づき、日本の農林水産省によって2015年12月22日に日本で第3号の地理的表示として登録されました。「神戸肉」「神戸牛」「KOBE BEEF」も一緒に登録されています。 神戸肉流通推進協議会が登録された生産者団体となっています。
地理的表示の登録内容はこちらのリンクで公示されています。それを見ればわかるとおり、地理的表示の保護の対象となる農林水産物の区分、名称、生産地の範囲、産品の特性、生産方法、産品の特性がその生産地に主として帰せられるものであることの理由、生産地における生産実績、生産工程の管理方法、地理的表示の使用方法とその確認方法等が詳細に記載されています。
地理的表示の登録内容には専門的な内容が含まれているため、一般消費者が正確に理解することは難しいと思います。そもそも一般消費者向けに地理的表示の内容を説明したものではなく、生産業者を管理する生産者団体が、地理的表示を使用する上での品質基準や品質管理方法を整備し、それらを遵守することを国に対して約束した、という性格のものだといえます。
2.薩摩
次の例は、芋焼酎の「薩摩」です。鹿児島県や宮崎県が芋焼酎の産地として有名ですね。芋焼酎のジャンルでは、認定された地理的表示は「薩摩」のみです。
「薩摩」は、酒類の地理的表示に関する表示基準(当時は別名の国税庁告示)に基づき平成17年12月22日に国税庁長官による地理的表示の指定を受けました。酒類の地理的表示は、農林水産物の場合のような生産者団体からの申請に基づく登録制度ではなく、国税庁長官による指定という制度となっています。そのためなのか、指定されている地理的表示の数は現時点で12件にとどまっています(農林水産物は97件)。
「薩摩」も地理的表示である以上、産地の範囲、産地と結びついた特性、生産基準、特性を維持するための管理方法などが国(国税庁長官)に認められています。内容についてはこちらのリンクで公表されています。農林水産物とは細目は異なりますが、基本的な考え方は同じです。
酒類の地理的表示に関する表示基準では、地理的表示を使用する場合には、原則として、地理的表示の名称と併せて「地理的表示」、「Geographical Indication」又は「GI」の文字を一箇所以上使用することとされています。「薩摩」の場合は、地理的表示であることを示すロゴマークを使うことで、一目でわかるようになっています。
お酒売場で芋焼酎のラベルを見比べると、鹿児島県の酒造業者の本格芋焼酎でも「薩摩」という地理的表示があるものとないものがあります。よくラベルを見ると、原料のところに「さつまいも(国産)」とあるものには「薩摩」という地理的表示はついていません。
原料ばかりではありませんが、生産方法や品質管理方法まで全ての基準をクリアしたものだけを特別に「薩摩」と称することで、産地と結びついたその土地ならではの品質や伝統的製法の維持が図られる仕組みとなっています。地理的表示がつく製品は原料や製法に制限があることから、基本的に大量生産には馴染みません。その分多大なコストがかかっているため、それを製品価格に反映しやすくなるように、国の指定(あるいは登録)というお墨付きを与えられているともいえます。
その一方で、消費者のニーズや好みに合わせて地理的表示の基準外の原料や製法を使った製品には地理的表示「薩摩」は使えませんが、それでも不断の企業努力によって、数多くの製品が消費者に支持されています。
3.海外の地理的表示の例
世界的に有名な例としては、
- 紅茶の「ダージリン」(産地:インド北東部の西ベンガル州ダージリン地方)
- ブルーチーズの「ロックフォール」(産地:南フランスのロックフォール・シュル・スールゾン村)
- ウィスキーの「スコッチ」(産地:英国スコットランド)
- スパークリングワインの「シャンパーニュ」(産地:フランスのシャンパーニュ地方)
- 生ハムの「プロシュット・ディ・パルマ(パルマハム)」(産地:イタリアのパルマ県内の一部地域)
その他、数多くあります。
地理的表示は、国や地域ごとに、それぞれの方法で保護されています。保護の方法としては、
1. 地理的表示を独自の制度を設けて保護する 2. 商標登録制度の下で団体商標や証明商標など登録商標として保護する 3. 不正競争防止法や消費者保護法などのように不正な使用を禁止することで保護する
などがあります。国によって、いずれかを採用したり、組み合わせて保護したりと様々です。
ある国で地理的表示として保護されているものが、別の国では一般名称であるとして保護されないということもあります。例えば、アメリカでは、「champagne(シャンパーニュ)」はスパークリングワインの一般名称と考えられていて、その証拠に、アメリカでの商標登録出願の際には、指定商品名として「第33類 Champagne」と表示することが認められています。指定商品名にはふつう、商品の一般名称を書くことなっています。
地理的表示を保護するという考え方は、昔から農業が盛んであり、ワインやチーズなど様々な地域で特色のある高品質な産品を生産してきたヨーロッパの国々が発祥とされています。ヨーロッパの国々では、現在も地理的表示の保護に非常に積極的です。日本とヨーロッパでの経済連携協定(EPA)でも、地理的表示として何を相互に保護するかが重要な議題の一つでした。
アメリカでは、農業は、広大な農地を活かし、画一的な品質をもった産品の大量生産が中心です。地域の自然環境に結び付いた固有の特徴をもった産品というものは、ヨーロッパほどは重要視されてきませんでした。アメリカでは、地理的表示については特別な保護は与えておらず、産地名称を模倣から保護するためには、団体商標や証明商標などによる商標登録制度の下での保護が利用されています。
最後に、地理的表示は、世界的にみると、農産品や酒類に限られません。高級腕時計の「SWISS」や「SWISS MADE」(産地:スイス)、絹織物の「タイシルク」(産地:タイ)、陶器の「チュルカナス」(産地:ペルー北部のチュルカナス)など、手工業品や手工芸品であっても、特定の地域で、その地域特有の自然資源、伝統に則った製法、品質基準などによって特定の品質を備えたものにも使われます。
まとめ
有名な産地の特産品の場合、産地名を目印として他の産地の商品と差別化できるため、産地名自体がブランドであると考えることができます。
地理的表示は、商品の目印となる表示であり、それによって産地を特定することができ、併せてその産地と結びついた特有の品質や高い評価を備えた商品であることが特定できる表示をいいます。
産地と品質が保証されることにより、消費者にとっては、高価格であってもそれに見合った高い品質が備わっていることを期待して安心して購入することができます。生産者にとっても、産地特有の品質や高い評価を備えた商品であることをアピールすることができ、他の商品と差別化することができます。このような信頼関係は短期間で確立されるものではなく、数十年単位またはそれ以上の長い年月をかけて蓄積されていくものです。
地理的表示は、国によって保護の方法や対象となる産品が異なっており、一般消費者にとってはわかりやすいとは言えません。日本には、ヨーロッパの国々のように、地域ごとの優れた特徴をもった産品が高く評価され、一般消費者に受け入れられやすい土壌ができあがっていることは確かです。日本の各地域の伝統的特産品が見直され、地理的表示の指定や登録を受ける酒類や農林水産物が徐々に増えていくことで、地域の振興につながることが期待されます。