農林水産物の地理的表示、日本では2015年から保護制度がスタート

最終更新日 2023-06-23

「神戸ビーフ」、「市田柿」、「越前がに」、「岩手木炭」などの名称が、特定農林水産物等の地理的表示として、農林水産省により登録されています。農林水産物についての地理的表示の登録制度が開始された平成27年(2015年)から現時点(2020年5月14日)までで、95件の地理的表示が登録されています。地理的表示はその英語表記である「Geographical Indication」の頭文字をとってGIとも呼ばれます。今回は、日本の農林水産物の地理的表示(GI)保護制度についてみてみましょう。

農林水産物の地理的表示を規制する「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(以下、「地理的表示保護法」といいます。)は、第1条に明記されている通りTRIPS協定に基づき設けられたものであり、生産者の利益の保護(生産した物に対する適切な評価、所得向上等)と需要者の利益の保護(表示を信頼した消費者の保護等)を目的とするものです。

1.農林水産物の地理的表示の定義

地理的表示保護法では、地理的表示は次のように定義されています。

2 この法律において「特定農林水産物等」とは、次の各号のいずれにも該当する農林水産物等をいう。

一 特定の場所、地域又は国を生産地とするものであること。

二 品質、社会的評価その他の確立した特性(以下単に「特性」という。)が前号の生産地に主として帰せられるものであること。

3 この法律において「地理的表示」とは、特定農林水産物等の名称(当該名称により前項各号に掲げる事項を特定することができるものに限る。)の表示をいう。

地理的表示法第2条第2項及び第3項

2.特定農林水産物の具体例

最近の登録例を10件分(登録第86号から95号)見てみると、「今金男しゃく」(北海道の馬鈴薯)、「東出雲のまる畑ほし柿」(島根県の干柿)、「田浦銀太刀」(熊本県のたちうお)、「大野あさり」(広島県のあさり)、「大鰐温泉もやし」(青森県のもやし)、「三瓶そば」(島根県のそば)、「檜山海参」(北海道の干しなまこ)、「大竹いちじく」(秋田県のいちじく)、「八代特産晩白柚」(熊本県の晩白柚)、「八代生姜」(熊本県のしょうが)となっています。(農林水産省のウェブサイトの登録産品一覧より抜粋)

農林水産物という自然を相手に生産される産品の多くは、出来不出来が天候等の自然環境の影響を受けやすく、大量生産される工業製品とは異なり、市場に出回る量も限られます。全国的には知られていなくても地域の伝統的産品として長期間にわたり親しまれている産品が登録されています。これらの産品は、他の地域で生産される同種の産品と差別化できるような品質上の特性や社会的評価を備えており、特性が産地に結び付いていること、つまりその地域の自然的要素・人為的要素によってその特性が獲得されたものであることが認められているものです。

3.地理的表示保護制度の主な特徴

この制度では、産地と結びついた確立した特性を有する農林水産物の産品を、その産地の範囲、確立した特性、特性と産地の結びつき、生産方法、生産実績(概ね25年以上とされています。)、品質管理等を行う生産者団体の名称などと併せて登録し公示します。

当該産地の生産業者は、登録された内容(品質基準)に適合した産品を生産した場合にのみ地理的表示を付すことが認められます。登録を受けた地理的表示に加えて、以下の登録標章(GIマーク)を併せて使用することができます。

そして登録された生産者団体は、構成員たる生産業者が品質基準に沿った方法で生産すること等を確認・検査し、それにより地理的表示が付された産品が品質基準を満たすものであることを保証します。品質管理業務の実績報告書を年1回農林水産大臣に提出することになっており、品質管理が不適切な場合には登録取消しの対象となります。国により品質管理が担保されているとも言えます。

このような品質管理体制が備わっているからこそ、生産した産品が市場において適切な評価を受け、高価格での取引にもつながり、生産者利益が保護されます。他方、地理的表示を信頼した消費者にとっては、購入した商品が期待通りの品質を有するものであることが確実となることで、需要者利益の保護という目的が達成されます。

産地が限定されるため、地域の自然が保護され、特性・生産方法に関連する伝統的な知識や文化が世代を超えて地域内で受け継がれることにより、地域全体の発展が図られます。地理的表示として登録される農林水産物は「地域全体の共有財産」という性質を持っています。

その他、地理的表示の不正使用(誤認を招く表示や虚偽の表示等)に対しては行政が取り締まる(措置命令と罰則)、登録された後は登録が取り消されるまで無期限に保護される、海外での保護は2国間通商協定などにおいて指定することにより地理的表示を相互に保護し合う、などの特徴があります。

4.申請手続き登録までの流れ

基本的な流れは次の通りです。

申請 ⇒ 申請の事実の公示 ⇒ 申請の公示 ⇒ 3カ月の意見書提出期間 ⇒ 学識経験者の意見聴取 ⇒ 登録 ⇒ 登録の公示 ⇒ 登録免許税(9万円)の納付 ⇒ 登録証の交付

申請は、生産業者を主たる構成員とする生産者団体が申請を行います。生産者団体が産地内に複数ある場合は、共同申請とすることができます。

申請書に記載する事項は

  • 申請者の住所及び名称
  • 産品が属する区分
  • 産品の名称
  • 生産地
  • 産品の特性
  • 生産方法
  • 産品の特性と産地の結びつき
  • 生産実績
  • その他

など、産品の基準を記載します。

申請書には「明細書」と「生産工程管理業務規程」を添付します。

「明細書」とは、生産者団体ごとの産品の基準を定めた書面であり、申請書に記載した産品の基準を満たしていることが前提となります。その上で、申請書に記載された産品の特性を満たしていれば、生産者団体ごとにそれよりも高い品質基準や生産方法を定めることができます。これにより、同じ地理的表示を使用する生産者団体が複数ある場合には他よりも厳格な基準を定めることが可能である一方で、当初一つの生産者団体のみが地理的表示の登録を受けている場合でも、より厳格な基準を定める生産者団体が追加登録を受けることも可能です。

「生産工程管理業務規程」とは、生産者団体が行う品質管理業務(生産される産品や生産方法が明細書に適合していることの確認や検査、不適合の場合の指導、地理的表示及び登録標章(GIマーク)の使用の確認や指導、農林水産大臣に提出する生産工程管理業務の実績報告書の作成等)に関して生産者団体ごとに定めた書面です。

5.地域ブランドとして地理的表示を活用する際のハードル

地理的表示保護制度は、地域独自の自然環境や人的要因と結びついた特性を持つ伝統産品を地域全体の共有財産として保護するものです。他地域の同種の産品と差別化を図る上で国のお墨付きが得られる、不正な使用に対しては国が取り締まってくれるなど、非常に大きなメリットがあります。登録されれば、原則無期限保護されることや、今後の諸外国との政府間協定により海外での保護も期待できます。

その一方でデメリットもあります。地理的表示の対象となる産品の品質基準や生産方法等を明確に定めて公表し、その基準に適合する産品であることを生産者団体自身がチェックし定期的に国に報告するという多大なコストが、登録が存続する限りかかります。また概ね25年以上の実績が必要という要件があるため、新たに特産物を開発しその名称を地理的表示で登録して「町おこし」に活用したいという場合には、登録が認められにくいというハードルともなり得ます。

地理的表示の登録を受けたという事実だけでは、その産品の売上向上につながるとは限りません。申請の前後及び登録後も見据えて、生産業者、生産者団体その他の事業者団体や自治体を含む利害関係者の利益や思惑を考慮に入れたマーケティング戦略と長期的なスキームの構築が不可欠となります。地理的表示の登録と併せて、場合によってはそれに代えて、商標登録(地域団体商標など)や品種登録など他の知的財産権の活用も検討する必要があるでしょう。