八丁味噌の郷訪問記 味、製法、GI問題など

最終更新日 2022-11-14

コロナ禍のお盆休み、外気温37度近い中、念願だった愛知県岡崎市の八丁味噌の郷へ行きました。合資会社八丁味噌(カクキュー)の敷地内につくられた施設です。愛知県を代表する特産品である八丁味噌を学べて味わえるこの施設は観光スポットとして最適です。

八丁味噌の味わいと、地理的表示(GI)問題について感じたことを書きます。

八丁味噌とは

大豆と塩を原料として、蒸した大豆にこうじかびをつけて豆こうじを作り、塩と水を加えて木桶で仕込んで二夏二冬(2年以上)の間、自然の状態で温度調整せずに熟成させて作られる味噌。濃い赤黒色で、濃厚な旨味、少々の酸味と渋みのある独特の風味が特徴とされています。

名前の由来は地名からです。岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の距離にある八帖町(旧八丁村)で江戸時代初期から味噌が作られ続けていることです。多くの愛知県民にとって、八丁味噌といえば、岡崎市の岡崎城近くのあのエリアがすぐに思い浮かぶと思います。

八丁味噌の味の感想

赤味噌全体に言えることですが、八丁味噌は、直接味わうものではなく、何かを加えて独特のクセを和らげて、食べやすくしたものを味わうのが基本です。例えば、味噌カツの味噌だれ、おでんの味噌だれ、おでんの味噌だれ、味噌汁のスープ、味噌煮込みうどんのスープなどに、八丁味噌が含まれているものがあります。

今回、工場見学の待ち時間に、味噌串カツをいただきました。甘味があってコクのある黒っぽい味噌だれがたっぷりかかっていて、美味しくいただきました。たった1本だけでもお腹持ちがよかったのは、味噌の成分が活発に体内に働きかけているようで、八丁味噌の作られ方に理由があるのではないか、と思いました。

30分ほどの工場見学の後、味噌煮込みうどんを食べに老舗のうどん屋に行こうとも思ったのですが、待ちきれずに、工場に併設されたカクキューさん直営のお食事処で味噌煮込みうどんを注文しました。

いつも名古屋で食べている味噌煮込みうどんとは違い、スープが主役。具は、鶏の天ぷら、卵、ネギが少々で、麺はやや細めで固さは普通でした。スープは絶品で、名古屋のものよりも、ストレートに八丁味噌の味わいが伝わってくるようでした。逆に、名古屋のものは、お店独自の味わいを出すために、味噌の選択やダシなど様々な工夫が加えられていることを実感しました。

その他、味噌ソフトクリームやかき氷(味噌桶こおり)など八丁味噌を効かせたものもいろいろあります。

地理的表示を巡る争いについて

岡崎市八帖町の八丁味噌造りの老舗2社からなる八丁味噌協同組合(八丁組合)が申請した「八丁味噌」の地理的表示の申請は認められず、岡崎市八帖町以外の愛知県内の味噌・醤油メーカーを組合員とする愛知県味噌溜醤油工業協同組合(県組合)が申請した「八丁味噌」の地理的表示申請が農林水産省によって2017年に認可されました。現在、それを不服とする八丁組合による行政不服審査手続きが係属中です。

地理的表示(GI)とは、農林水産省は次のように定義しています。

定義:地理的表示とは、農林水産物・食品等の名称で、その名称から当該製品の産地を特定でき、産品の品質や社会的評価等の確立した特性が当該産地と結びついているということを特定できる名称の表示をいう。

(農林水産省食料産業局作成の「地理的表示について」より)

地理的表示として登録された名称は、基本的には、登録を受けた団体又はその構成員以外は使用することができません。登録から7年間は、八丁組合には先使用による権利の制限が認められているため「八丁味噌」を使用できますが、それ以後はできなくなるという問題が生じています。

「八丁味噌」は、食品等の一種である「豆味噌」の名称、その名称から特定できる産地は「岡崎市八帖町」、そこで作られる豆味噌は、その地で300年以上にわたって維持されている伝統的な製法、つまり、その地の自然環境に一切手を加えずに天然醸造で所定期間以上熟成させるという方法で作られることで、他の地域には見られない独自の味わい(地域に結び付いた特性)をもっていて、皇室や政府のみならず海外においても高評価を得ており社会的評価は確立している。このことを、工場見学を通してよく理解できました。

地理的表示の保護制度は、地域に伝わる伝統を守り、古くから評価されてきた地域と切っても切れない品質を持つ産品を、工業化などによる量産品とは一線を画し、価格競争から守り次世代に継承するための仕組みでもあると思います。岡崎市八帖町以外の愛知県の地域で生産される豆味噌に対して「八丁味噌」という地理的表示が認められるのは、不思議で仕方ありません。

県組合に地理的表示が認められたということは、「特性が確立」したといえるほど八丁味噌の生産実績があると認められたということなのでしょう。県組合からもホームページなどで、その歴史的経緯や実績などについて情報発信があれば、状況を客観的に把握することができるのに、と思うのですが……

地理的表示の登録には、生産者団体が複数ある場合には、共同申請としてどちらも登録し、それぞれ独自の品質基準を持つことができるとされています。今回の「八丁味噌」の登録に、八丁組合が生産者団体を追加登録して、県組合よりも厳しい品質基準を定めることで、いずれも「八丁味噌」を名乗ることができ、生産者の表示方法によって内部で差別化する、という解決方法もあります。これが未だに実現していないのは、やはり生産方法が異なる豆味噌を「八丁味噌」と呼ぶことはできない、というプライドとこだわりがあるのだと思います。

今回の工場見学をして、味噌蔵の木樽と天然石の重石、温度調整を行わない天然醸造で2年以上という現場を実際に目にし、味噌が発酵する独特の匂いにつつまれると、この地域でしか行われていない製法を一切無視しているようなGI登録には納得がいかない気持ちにもなりました。愛知県民として、地域の共有財産である地理的表示の登録を巡る争いが決着し、八丁味噌の知名度が更に増すことを願います。

農林水産物の地理的表示については、【ブログ】農林水産物の地理的表示、日本では2015年から保護制度がスタートでも解説しています。ぜひご一読ください。